ルーツミュージックスタディ

■「もしも、ボクにもピアノが弾けたなら」/第1回

山辺健史(ルポライター)
山辺健史さんは、現在雑誌や映画のパンフレットなどで活躍中のルポライター。
彼は「知る人ぞ知る」ジャズ愛好家で自作テープ・マニアでもあります。今回から愛する彼女さんのため、聴く人から弾く人へ脱皮にチャレンジします。はてさてどうなることやら楽しみです。
山辺健史



第一回 <決意篇> 



●某月某日
給料日だった。気分高揚。でも、10万以上口座に入っているのは、この日だけ。なんとかならんか、この貧乏生活。親からの借金、足したら30万にものぼってると昨日言われた。今年は、バシバシ仕事を受け、縦横無尽にやっていくぞ、と密かに宣言!
でも、今日ぐらいはイイ気分に浸って、昼からちょっとビールでも、と思ってるところに担当編集者K氏から電話有り。
「仕事の話があるんだけどぉ…」
ビールはいつでも飲める!それなら行きます!銀座、パリでも、デリーでも!
「ジャズピアノのオンライン通信講座を受講して、実際に君の特訓をレポートしてく れや〜」
ピアノはないが僕が持っているシンセサイザーで練習しろとのこと。
「持ってるけれど…。全然、使ってないっスよ」
7年前になるだろうか。当時YMOにハマっていた僕は、シンセを習おう!と思い立ち、月賦で買い、即ヤマハの教室に通い出した。買ったのはYAMAHA−SY77、当時中古で22万円。しかし、教えてくれるのは、指使いとアドリブのみ。音符も読めないままだし、理論も習わなかった。いつの間にか、鍵盤の前に座らなくなり、そのままなんとなく、熱フェイドアウト…。教室も辞めてしまった。
一時はバンドを組むという野望もあったのだが…。今、シンセは埃を被って部屋の片隅に立てかけてある。
一度挫折しているのにジャズピアノなんて無理なんじゃないか?学生時代ずっと音楽「2」だし、才能ないんよ・・・。
「大丈夫だよ。初心者から、バッチリ教えてくれるシステムなんだから」
とK氏はいつも通りC調かまして僕を説得。
う〜ん、「やる」と答えたものの不安だ。


●某月某日
夜、部屋の隅に立てかけてあるシンセを設置する。
カバーを取ると喉と鼻をやられた。埃でくしゃみ、鼻水が止まらない。黒鍵と白鍵の隙間にさえ埃が挟まっていたが、拭いてやりポロンと弾くと、「思い出してくれてありがとう」と「SY」うーむ、今まで忘れてすまなんだ。このシンセの前に座るとあの頃抱いていた、憧れのシーンを思い出すなぁ。
高級ホテルのロビーにピアノが置いてある。そこを偶然通りかかる僕。何も言わず、すっとピアノの前に座り、ゆっくりとジャズスタンダードを弾き出す。横には、いつの間にかドレス姿の美女。女は目を閉じて、過去の恋を思い浮かべてるかのように、ゆっくりと、ゆっくりと踊り出す。そして、すっと一筋の涙!
そんな彼女に「Sumoke get in your eyesダネ。」と僕は一言。
彼女は何も言わず、そっと僕の頬に接吻。そして、ニコッ!!そして、それを羨望の眼差しで遠巻きに見る人々。
くぅー、いいなぁグッドシチュエイション!
今、思い出したけど、『ロングバケーション』の木村拓哉はピアニストだった。ピアノを弾ける男はモテる!ぐふふぇ…、憧れの、ピアニストへの道。どんなに険しく厳しい道でもやってやる!


●某月某日
講習ページの発案者、沢田駿吾先生と会う。学長をつとめるルーツ音楽院のHP用の撮影に同行したのだ。スーツ姿で現れた先生からは、ジャズマンらしい色気が立ち上り、ハキハキとしながらも柔らかな口調。
「巷に流布する教則本を途中で挫折した人の為にこのツールはあります。このように 1000ページにもわたる包括的な教材は世界にも類を見ないものです」
楽譜、練習曲など何十通りも入っているとのこと。講習ページに対する自信が窺えた。
しかし!僕は、まず楽譜が読めない。ジャズのスタンダードもほとんど知らない。ましてや指使いもとうに忘れている…。大丈夫か、俺。
そんな僕に、行き詰まったら、個別に質問にも答えてくれるアフターサービスも自慢と沢田先生。
よし、分からなくなったらどんどん聞くことにしよう!一抹の不安とほんの少しの希望を胸に、帰宅。
ふっと見ると「SY」が、弾かれるのを今や遅しと淋しげに鎮座している。待っててね。キミの上を僕の指先が縦横無尽に舞い踊る、その日を!
さてさてルーツミュージックスタディ(以下RMS)のOさんにメール。メールアドレス、住所、氏名を送る。折返し、HPのアドレスや、ログインの方法を教えてくれる。いよいよ、期待と不安のジャズピアニストへの道が始まる。胸は高まり、寝たのは午前4時を廻っていた。

エドワード・ジョンソン 岸川真

(c) 2002 Root's Music Study